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MAKYO
MAKYOについて

Gio@Labylinth
Gio@Labylinth, 2003.7.12-13 / Photo by: Gen

魔境 は禅の用語で、深い瞑想状態で起こる神秘的幻覚体験から得られた言葉。現実世界を忘れるほど強烈な幻影の世界とも解釈できる。 ここで「魔」という字が使われているけれども、西洋でいう悪魔(サタン)の魔と、仏教でいうところのマーラ(魔)は意味が異なっている。禅において幻覚体験の際には迷いやすいとして、マーラの存在を表わし戒めたけれども、幻覚体験それ自体は負の要素ではない。

強い幻影のようで純粋に感じられる音楽を理想として、プロジェクト名とした。また本来の「魔境」という意味だけでなく、「麻響」という漢字にも書き換えている。

MAKYO は93年に結成。当初より、90年代のあらゆるエレクトロニック・ミュージックに、東洋の音楽に対する知識と精神性を取り入れる目的を持っていた。
結果として、今でこそタルヴィン・シンにより知られることとなった「アジアン・アンダーグラウンド」や、「ゼン・ダブ」というMAKYO特有の新しいスタイルと、タブラ、インドやアラブのボーカル、深く厚いBASSサウンドなどのエレクトロ-アコースティックなサウンドを作り上げている。
アコースティックとエレクトロニクス、ダンス音楽とアンビエント音楽、東洋の音と西洋の音、として分けられる音楽の境界をぼかして融合する音なのだ。

GIO 魔境の全ての曲の作曲・演奏・プロデュースをするジオは、魔境のプロジェクトを始める前にも、長期に渡る音楽の散策を続けてきた。
80年代初期は京都にて、昼は禅の勉強、夜はハードコア・パンクバンドでギターを弾いていた。
80年代後半は台北とボストンにて住み、Glen Branca (ギターアンサンブル)の影響を受けてフリー・ロックを探究。
(この頃、80年代の国際的な美術運動 neoism の影響を受け、自作曲をメール・アートのネットワークを使ってトレードする。
音楽を『商品』としてではなく、他人の芸術と交換するものとしてアピール。)
この間、ボストンのラジオ番組 WZBC にて、ジャンルにこだわらないフリースタイルのDJをしていた。
93年からは東京で様々なDJ活動を始める。主にチルアウト・ルームでプレイ。マニアック・ラヴの『ホワイト・ルーム('93)』とオデッセイのアンビエント・ルーム('94-'96)のレギュラーDJを務め、Rainbow 2000@富士山とAurora Psychedelica、 Gold、 Yellow、 Ambient Web、 Key Energy、Deep Green、 Charlie's Bar、Mela、タイのパンガン島 Harmony などでプレイ。約1年間の休暇を得てセカンドアルバムを作成後、Hi-Time(新宿)のパーティー『Spectrum』でのレギュラーDJや、梁川ピラミッドでの ZERO POINT パーティーにてプレイしている。
最近の彼のDJセットは、Dakini NightsやKaravan Seraiなどのイベントにおいて、Club CAYやBullet'sで聴ける。

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